トラック島大空襲でも沈まなかった宗谷

不死身の船だった。


 戦後、南極観測船となった「宗谷」は大東亜戦中、海軍特務艦として、ラバウル、ソロモン、ミッドウエー、特攻輸送、横須賀港空襲など数々の戦場をくぐりぬけ奇跡的に生き残りました。

 昭和19年(1944年)正月、南方のトラック島北東1420キロにあるブラウン島にいた宗谷はマーシャル群島のクエゼリンへ向かおうとしていましたが、丁度、宗谷の前艦長だった久保田大佐が訪ねてきて「クエゼリンは食糧も不足し始めているので、進路を変更したほうがいい」と忠告があり、トラック島へ針路をとることになりました。直後、クエゼリンは敵機動部隊の空襲を受け、玉砕したのです。ここでも宗谷は幸運ぶりを見せます。しかし、トラック島へ行くことも危険だったため、測量隊をブラウン島に残すことにしました。砲員の八田信夫兵長はこのときの光景が脳裏に焼きついている述べています。

「すぐに迎えにくるから」

そう言って別れ、いったんは陸にあがり、移動を始めた測量隊のひとりが、咄嗟にきびすを返し、「宗谷」に向かって走り、

「やっぱり、置いていかないでくれ」・・・「大丈夫だ。すぐに迎えに戻るから」

しかし、宗谷はトラック島から戻ることができず、半月後、ブラウン島は玉砕しました。

 昭和19年(1944年)2月17日、トラック島大空襲。朝早くから始まった米軍機による空襲は午後5時過ぎまで続き述べ450機にのぼりました。宗谷は目の前で僚艦が次々に撃沈されていく中、回避行動をとっていましたが、座礁して動けなくなりました。そして翌18日になります。

 八田信夫兵長
「昨日よりの戦闘で、皆、目は赤く腫れあがり、服は破れ血だらけだ。艦は昨夜、浅瀬に乗り上げて動けない。けれども意気ますます旺盛なり。撃って撃って撃ちまくる。あんな白いトンボの弾丸では死なないぞと言うは、鈴木一水の声らしい。次いで佐野ニ曹が、4月に産まれる子供の顔を見るまでは殺しても死なないと言う。死闘は激しさを増し、艦は至る所穴だらけ。海水管が破裂して水を吸い上げている。甲板の一部が火災を起こして燃え上がり、紅の炎が見える。体は爆撃の度に海水を被り、服を絞るようだ。けれど我らの眼中にはただ敵あるばかり。砲を撃ちまくるのみ・・・」

 八田信夫兵長は脚と肩を負傷し、気が遠くなっていきました。座礁したままの宗谷は全弾を撃ち尽くし、高角砲員のほとんどが死傷し、艦長も負傷、副長は戦死しました。そして「総員退避」の命令がでます。艦を捨てるということは海軍軍人にとっては屈辱的なことでした。

 翌朝、静まりかえった湾内の光景は無残であり、被害は艦船は50隻、航空機270機、燃料タンク3基などの地上施設、戦死は600人以上に及びました。宗谷の乗組員はおそるおそる環礁を見渡します。

「宗谷だ!」「浮いている!」

 宗谷だけがポツンと浮いていたのです。しかも座礁していたのに、自然に離礁していました。宗谷は機関部を損傷していましたが、航行は可能で、それがわかると内地に向け出発しました。

 艦長、八田兵長ら負傷者は夏島の海軍病院に収容されました。そして内地へ帰還することになります。

 八田信夫兵長
「明日は、病院船に乗せられて夢見る故国へ送られ帰えられるのだ 残念 白衣の身と成り戦友達を残して ああ思い出の戦線・・・さらば再び元気に働ける日まで」

 八田信夫兵長は内地の病院を転々とし、郷里、松代に戻ったのは終戦間際でした。八田信夫の脚には弾片、骨片、防署靴の切れ端、靴下のボロが残ったままで、痛い痛いと赤く腫れあがり化膿して切開するとそれらが出てきました。そして終戦。八田信夫は「戦争が終わって足が痛いなんて言ってられませんでした。怪我のことは隠して就職活動をしなければ、職も見つからなかった。それに死んでいった仲間のことを思えば、弱音なんて吐けません・・・」と回想しています。

 八田は必死に働き、家族を持ち、小さなスーパーを営むようになり、宗谷と同じく不屈の精神で戦後を生き、トラック島大空襲から六十余年後、「軍艦宗谷会」に右足をひきずり、杖をついて出席しました。



参考文献
 並木書房「奇跡の船『宗谷』」桜林美佐(著)
 新潮社「特務艦『宗谷』の昭和史」大野芳(著)

添付画像
 宗谷外観CC

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<宗谷 南極探検関連リンク>


白瀬南極探検隊記念館 http://hyper.city.nikaho.akita.jp/shirase/



白瀬日本南極探検隊100周年記念プロジェクト http://www.shirase100.jp/index.html


TBS TBS日曜劇場「南極大陸」 http://www.tbs.co.jp/nankyokutairiku/

船の科学館 南極観測船”宗谷” http://www.funenokagakukan.or.jp/sc_01/soya.html
日本財団図書館 船の科学館 資料ガイド3 南極観測船 宗谷 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/00032/mokuji.htm

みらいにつたえるもの http://www.geocities.jp/utp_jp/soya.html