南極観測船「宗谷」誕生秘話 - かつて日本は美しかった

宗谷はソ連が発注した船だった。

　映画「南極物語」、ドラマ「南極大陸」に登場する南極観測船「宗谷」は昭和１３年（１９３８年）２月１６日、長崎で進水しました。実は宗谷はソ連から発注された船でボロチャエベツ（Volochaevets）という船名だったのです。

　宗谷の生みの親と言われる人は川南豊作（かわみなみ　とよさく）という人で戦後、三無事件というクーデター未遂事件に関与したと言われる人です。川南は県立富山水産講習所に入学し、東洋製缶で働き、大正１３年（１９２４年）、先輩とともにアメリカに研修に出ました。その後、「ドイツのような大製鉄所を建設したい」という夢を抱き、東洋製缶を退社し、イワシの缶詰製造業に転じました。組立式自動缶詰機を発明して季節ごとに変わる漁場に工場を移動する方式をとり、「トマトサーディン」を売り出しました。これが欧米人の味覚にマッチし、大ヒット。たちまち業界トップに躍り出ます。川南は昭和９年（１９３４年）、さらにソーダ灰とガラス工場建設に乗り出しました。そして、コスト削減策として自社製の船でガラス原料の塩を大量に直輸入する計画を立てます。そこで、造船所の買収を考え、松尾鉄工所に眼をつけました。

　松尾鉄工所は長崎の香焼島（こうやぎちょう）にあり、既に倒産し、１２年間閉鎖されたままの造船所でした。川南が工場を視察に行くと、そこには荒れ果てた廃墟がありました。案内人に先導され、工場跡に踏み入れたとき、「何しているんだ！」と誰かが叫んでやってきます。

「ここは松尾さんの工場だ。松尾さんの許可がなければ、中には入れない！」

　こう叫んだのはボロボロの守衛の服を着た老人で吉田三茂という人でした。工場が倒産しても毎日毎日、工場内と周辺の警備を行っていたのです。川南は、この老人の義理堅さとそこまでさせる松尾孫八に感銘し、松尾鉄工所を買い取り、顧問に松尾孫八を迎え、元工場長を呼び寄せ、吉田三茂を守衛長に遇し、「松尾造船所」として再興させたのです。

　そして松尾造船所がソ連から砕氷型貨物船三隻の注文を落札し、そのうちの一隻がボロチャエベツで、これが後の「宗谷」となりました。これまで砕氷型貨物船三隻は満州の東支鉄道買取代金の物納と言われてきましたが、どうも関係はないようです。

　ボロチャエベツがなぜ、「宗谷」になったのか。これは発注したソ連通商代表部との契約上のトラブルが重なり、何かとイチャモンをつけられ、船の引渡しが大幅に遅れていきました。川南は「このままでは遅延金の支払いで会社が倒産してしまう」と危機感を抱き、ソ連側に違約金を支払うことで契約破棄を通告しました。これには日本海軍も「ソ連に引き渡すな」と横槍を入れてきており、川南は船は海軍に買い取ってもらおうと考えたのです。そして昭和１３年（１９３８年）６月、ボロチャエベツは「地領丸」と名を変え竣工したのです。この件は法廷闘争となり、外交問題にまで発展しましたが、昭和１６年（１９４１年）１月２２日にようやく外交決着しました。

　「地領丸」は千島列島最北端にある占守（しゅむしゅ）島の蟹工場の輸送業務等を行い、昭和１４年（１９３９年）、海軍籍に入りました。海軍の船は船名に「丸」とつけないことから、別の名前を付けることになりました。「宗谷」という名前は以前にも使われていました。日露戦争緒戦の仁川港外の海戦で、ソ連の巡洋艦ワリヤーグが沈没し、日本側に引き渡され、ワリヤーグに「宗谷」と名前をつけていました。第一次世界大戦でロシアは味方になり、ワリヤーグを返還したので、「宗谷」の名前が宙に浮いていたのです。そして「地領丸」に「宗谷」の名前が割り当てられました。その後、宗谷は大東亜戦争を生き残り、戦後、引揚船、海上保安庁の灯台補給船、を経て、南極観測船となり、巡視船となり、昭和５３年（１９７８年）１０月２日引退するまで、約４０年もの間活躍したのです。

参考文献
　並木書房「奇跡の船『宗谷』」桜林美佐（著）
　新潮社「特務艦『宗谷』の昭和史」大野芳（著）

参考サイト
　WikiPedia「宗谷 (船)」「三無事件」

添付画像
　宗谷外観（ＰＤ）

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