景気刺激のための放火?江戸の火事

火事と喧嘩は江戸の華といいますが・・・




 「火事と喧嘩は江戸の華」といわれるほど江戸では火事が多かったのですが、幕末に来日した外国人もこのことに注目しています。

 イギリス公使、オールコック 安政6年5月3日(1859年6月4日)来日
「(江戸の)住民が、ひじょうに燃えやすい家に住んでいながら、手に負えないほど不注意であり、しかもそのうえに、保険料をもうけるようなことはないはずだのに、ひんぱんに放火が行われる。このようなところでは、お互いどうしが互いに他人の誠実さを全面的に信用するというようなことはありえない」

 西洋では保険目当ての放火もあったようで、日本では火災保険がないのに放火が行われるのを不思議がっています。

「日本人はこの方向(火災保険)に助けをもとめようとはしないで、まるで地震や台風 − 人間の力や英知ではどうすることもできない災難 − がやってくるかのように、定期的に全区域が焼け野原となるにまかせている。したがって、かれらはいずれはまたほのおの餌食になるということを見こして、できるだけ安あがりに家を再建する。かれらがたとえ被害をこうむっても、あまりなげき悲しまぬのは、このためだ。かれらはこの広大な都市は、部分的につぎからつぎへと灰に帰してゆくとすれば、七年ごとに全市内が再建されることになると予想している」

 江戸で一番の大火事といえば明暦3年(1657年)の大火事で、丸二日にわたり江戸の大半を焼き尽くしました。町や寺院、大名屋敷、旗本屋敷だけでなく江戸城天守閣、本丸御殿、二の丸御殿まで焼けてしまいました。これ以降、江戸では火事で焼失することを見越してコストをかけない造りに変わっていきました。現在の千代田区中央区あたりは江戸時代を通じて平均3年に1回の割合で焼失しています。オールコック「長い滞在期間中に何回となく、あちこちで半鐘がなるのを聞いては、方々の空が赤くなっているのを眺めたものだ」と述べています。火事は頻繁におこっていました。

 明暦の大火は反幕テロで、このほか放火は愉快犯がありますが、これは少数で、どうも不景気になると、どこからともなく火がでることが多くなっていたようなのです。つまり景気の刺激策、公共投資の代わりの経済政策としての放火です。日本橋の大店の旦那がたは「火事になったら綺麗に燃やせ!」と嬉しくいい、一般庶民も火事は「世直し」と呼んでいました。大坂で「大塩平八郎の乱」がありましたが、天保改革のデフレで不景気で沈んでいたところ「乱」で市街が焼失し、にわかに好景気が到来したものですから、大坂の人たちは大塩を「世直し大明神」といって称えました。

 ただ、放火を裏付ける証拠は少なく、火災の記録から放火らしいという推測なのですが、江戸は大坂、京都に比べてはるかに火事が多い都市でした。

 江戸時代には「町火消」が編成されていましたが、どうせ燃えるものとして作られた家屋敷、「世直し」と言われた火事ですから、彼らがどこまで本気で火消しにつとめたのでしょうか。文政二年(1819年)に老中から町奉行へ次のような伝達がなされています。

「近頃出火之節、風烈ニも無之、及大火候儀間々有之候、町火消共駆付方も及遅々、且は度々於火事場喧嘩口論いたし、畢竟(ひっきょう)右等之次第より消防之手遅れに相成候、其上消口之働見セ候ため抔に呼火、継火いたし候者も有之哉ニ相聞候、万一右様之儀有之候ては別て不届之至ニ候」

 近頃の火事はたいした風もないのに大火事になっているが、町火消しは駆けつけるのも遅いし、火事場で喧嘩口論して、最終的に手遅れになっている。その上、火消しの働きをみせるために呼火(別の場所から火をもってくる)、継火(消えた場所に火をおこす)するものがいると聞くが、もしこういうものがいれば不届き千万!という内容です。"町火消"が手柄を作るために放火していたのです。

 意外な、お江戸の火事事情でしたが、放火よりも何より火事の原因となったのが煙草。当時は煙管(きせる)にきざみ煙草を詰めましたから、吸い終わって煙草盆や火鉢にトントンと燃えかすを落とすときにあらぬ方向に飛び散ってしまい火事になることがありました。現在の火事でもタバコの不始末が第二位(平成23年1〜9月東京消防庁)となっています。現代では火事で景気浮揚などとはナンセンスですから、煙草を吸う方はご用心あれ。



参考文献
 岩波文庫「大君の都」オールコック(著)/ 山口光朔(訳)
 日経プレミアシリーズ「江戸のお金の物語」鈴木浩三(著)
 双葉文庫「時代小説 江戸辞典」山本眞吾(著)
 河出書房出版「江戸の庶民の朝から晩まで」歴史の謎を探る会(編)
参考サイト
 平成23年第三四半期(1月〜9月)の火災状況について 東京消防庁
  http://www.tfd.metro.tokyo.jp/saigai/toukei/h23/d3/03.html

添付画像
 明暦の大火(PD)

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