明治節

11月3日は明治節


 11月3日は明治天皇の在位中は天長節天皇誕生日)でした。これは四大節(新年、紀元節天長節明治節)のひとつです。明治45年(1912年)に明治天皇崩御になり、大正3年(1914年)には昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)が崩御されたのをうけて、両陛下を鎮祭する明治神宮の御創建を熱望する声が国民の間におこりました。大正9年11月1日に代々木の地に御鎮座となり、明治神宮が創建されました。 それでも維新の大業を回顧する国民の思いはやまず、昭和2年(1927年)3月に、明治時代の天長節であった11月3日を明治節と制定することになりました。これをうけて宮中でも皇室祭祀令を改正し、明治節祭が制定されました。

 しかし、この明治節は戦後「文化の日」に変えられ、明治節祭も廃止に追い込まれました。GHQの指令によるものです。明治の大業の歴史を国民から遠ざける目的でしょう。2月11日の紀元節祭も廃止に追い込まれています。これも日本人が自分の歴史を取り戻して主体性を回復させないためのものです。

 明治節祭も紀元節祭も復活していません。しかし、昭和天皇紀元節祭は「臨時御拝」という形で御親拝を続けられました。今上天皇も引き継がれています。明治節祭も「臨時御拝」として昭和62年まで続けられました。今上天皇は引き継いでおられないようですが、7月30日には明治天皇崩御日で明治天皇例祭があり、この日に御追悼の情を表しておられるのだと思います。

 明治節祭も紀元節祭も復活しないのは宮内庁の怠慢によるものでしょう。陛下のご高齢を理由に祭祀の簡略化の話がありますが、裏には悪意ある思想があると思います。「政教分離」と称して祭祀を皇室の私事として閉じ込めておきながら、その私事も簡略化させようとしています。何かと皇室から祭祀色を取り除こう、祭祀王の姿を隠そうとする動きがあるようです。本来は御公務のほうを重点的に削減すべきです。また皇太子殿下による代理、代拝を考えるべきでしょう。天皇陛下は祭祀王であり、祭祀があるから「天皇」というのです。

 11月3日は「明治節」に戻し、明治節祭を復活させ、日本国民が近代日本の礎を築いたという偉大な明治大帝を偲び、宮中で祭祀が執り行われる日になることを切に願っています。



参考文献
 「宮中祭祀」中澤伸弘著
 「天皇論」小林よしのり
参考サイト
 WikiPedia明治節
 明治神宮 http://www.meijijingu.or.jp/
 明治神宮外苑 http://www.meijijingugaien.jp/

添付写真
 御観兵榎(JJ太郎撮影 PD)
 
 外苑の敷地は造営前は青山練兵場でしたが、ここでは、明治天皇御台臨のもとに、明治22年2月11日の憲法発布観兵式、明治39年4月30日の日露戦役凱旋観兵式などが行われました。
 その際、明治天皇の御座所は常にこの榎の大木の西側に設けられていましたので、この木を「御観兵榎」と名付け、長く保存することとなり、現在に至ってます。(現在は二代目の榎)です。 http://www.meijijingugaien.jp/walk/sight/#ancSight03 より

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明治天皇に思いをはせる日にしよう。11月3日は明治帝の御誕生日です。
http://www.youtube.com/watch?v=GYun5or1ot0