南京大虐殺のデタラメ証言とマスコミ

デタラメ証言あり、マスコミのウソ垂れ流しあり。そして国民は洗脳された。




 昭和12年(1937年)12月、支那事変南京戦がありました。第16師団(京都)歩兵第20連隊(福知山)中隊長だった森王琢(もりおう みがく)さんは平成4年(1992年)4月に岡山国民文化懇談会で講演を行なっています。その中で南京虐殺デッチ上げ証言をいくつか挙げています。

 東史郎(あずましろう)歩兵第20連隊第3中隊上等兵
「『わが南京プラトーン』という著書で随所に諸上官の悪口を書き、戦友の非行として虐殺、強盗、強姦の情景を描写。又『7千人の捕虜を各中隊に分配して殺害した』『中隊長自ら斥候(偵察)に行った』等と書いています」

「わが南京プラトーン」は私は読んだことはないのですが、「京都師団関係資料」に東史郎の証言が出ています。

「21日城内の警備を命ぜられ郡馬鎮を去る・・・何処からか一人の支那人が引っ張られてきた。戦友たちは仔犬をつかまえた子供のやうに彼をなぶってゐたが、橋本は残酷な一ツの提案を出した。つまり、彼を袋の中へ入れ自動車のガソリンをかけ火をつけやうといふのである。泣き叫ぶ支那人は郵便袋の中へ入れられ、袋の口はしっかり締められた・・・橋本は火をつけた。ガソリンは一度に炎えあがった。と思ふと、袋の中で言ひ知れぬ恐怖のわめきが上がって、渾身の力で袋が飛び上がった」

橋本というのは小隊長で、この件は橋下氏が名誉毀損で訴え裁判になり橋本氏側が勝利しています。郵便袋に支那人をいれたと言っていますが、郵便袋は片足しか入らないサイズだったのです。

 曽根一夫 豊橋の歩兵第18連隊の軍曹(分隊長)として従軍。
「『私記南京虐殺』3部作を発表、その中で蘇州河の戦闘につき、『11月7日朝霧の中工兵の人柱による橋上を敵弾を冒して走り、敵弾命中し河中に転落』と書いております」

曽根一夫は砲兵の初年兵だったことがわかり、南京戦では後方にいました。支那兵を間近に見るという戦闘には参加していないのです。専門家ならすぐ見破りそうですが、どういうわけか、歴史学者秦郁彦氏が採用してしまっています。

 「南京事件 『虐殺』の構造」秦郁彦(著)より
「12年8月、上海に上陸して激戦場を生き抜き、南京へ向かう追撃戦に参加したのち、徐州、武漢と中国戦場を転戦した体験をつづった『私記南京虐殺』(正続)は、略奪、強姦、殺人をふくむ自身の残虐行為を率直すぎるほどの姿勢で語るとともに、そこに至る兵士たちの心情を冷静に記録している点で、類書にない特色を持つ」

沖縄の集団自決問題ではいい仕事をした秦氏ですが、この「南京事件 『虐殺』の構造」は完全に「東京裁判史観」を前提に書かれており、これを書いた当時は「東京裁判史観」を維持しなければ飯の食い上げになる立場だったのでしょう。

 こうした虐殺証言などはマスコミによく利用されます。森王琢さんはマスコミの取材姿勢について苦言を呈しています。
「まず、第一に、取材する相手に、虐殺を証言する人間しか選ばないという点があります。虐殺を否定すると思われる人には取材をしません。そればかりか取材をすると何とかデッチあげてでも虐殺に仕立てるという事を致します。
 場合によっては、証言を意図的に歪曲し、時には正反対の解釈をして、証言者がそんなことは言ってない、と憤慨(ふんがい)している例もあります。また、証言者が、『中隊の軍紀は非常に厳正でありました。』などと証言しても、そんなことは一切取り上げようとしません。自分の取材意図に合ってさえいれば、証言内容が明瞭(めいりょう)なウソであると判っていても、そのまま記事にしております。
 宮崎県の農家で写真と参戦者の日記を発見したとして南京虐殺の決定的証拠とした、朝日新聞の昭和58(1983)年8月4日の記事に対し、その写真は満州馬賊の写真で、昭和初期に朝鮮で買ったものであると、読者が抗議しています。
 また森村誠一の「続・悪魔の飽食」に、日露戦争当時の伝染病による死体写真を今次大戦の関東軍の虐殺の証拠写真としていつわって掲載しているのを、読者よりの指摘抗議によって暴かれたのは有名な話です。
 そのような記事について、"そんなことはあり得ないことである"と反論されても、無視し、認めないか、言を左右にしてうやむやにするのが、彼らの常套手段(じょうとうしゅだん)なのです」

 南京大虐殺支那プロパガンダ東京裁判がとりあげてデッチ上げたものですが、日中国交回復後、突然再登場しました。それはGHQ製のマスコミが今度は北京のエージェントとなったということです。南京偽証言を利用して、マスコミの持つ宣伝力を駆使して、日本国民を洗脳していったわけです。




参考文献
 「『南京大虐殺』はなかった」森王 琢(講演録)
 青木書店「南京事件 京都師団関係資料集」井口和起・木坂順一郎・下里正樹(編集)
 明成社「再審『南京大虐殺』」大原康男・竹本忠雄(共著)
 PHP研究所「ひと目でわかる 日韓・日中 歴史の真実」水間政憲(著)
 中公新書南京事件 『虐殺』の構造」秦郁彦(著)
添付画像
 南京外交部跡の野戦病院で日本の衛生隊に看護される負傷した中国兵(昭和12年12月20日)(PD)

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