GHQ憲法に抵抗した人たち

白洲次郎だけでなかった。




 昭和21年(1946年)3月4日、法制局の佐藤達夫第一部長は松本蒸治国務大臣から「翻訳を一緒に手伝ってくれないか」と声をかけられ東京第一生命ビルのGHQ民政局に足を踏み入れました。そこには終戦連絡中央事務局次長・白洲次郎、外務省情報部渉外課・小畑薫良、外務省嘱託の長谷川元吉がおり、GHQ民政局側はホイットニー局長、ケーディス次長ほかハッシー、ラウウェルといった数名の将校が顔をそろえていました。日本側はここで憲法マッカーサー案を基に作成した、松本案(3月2日案)を翻訳し、GHQへ説明しました。

 マッカーサー案(訳)
Article I. The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source.
(第一条 皇帝ハ国家ノ象徴ニシテ又人民ノ統一ノ象徴タルヘシ彼ハ其ノ地位ヲ人民ノ主権意思ヨリ承ケ之ヲ他ノ如何ナル源泉ヨリモ承ケス)
Article II. Succession to the Imperial Throne shall be dynastic and in accordance with such Imperial House Law as the Diet may enact.
(第二条 皇位ノ継承ハ世襲ニシテ国会ノ制定スル皇室典範ニ依ルヘシ)

 3月2日松本案
第一条 天皇ハ日本国民至高ノ総意ニ基キ日本国ノ象徴及日本国民統合ノ標章タル地位ヲ保有ス。
第二条 皇位皇室典範ノ定ムル所ニ依リ世襲シテ之ヲ継承ス。


 松本案を英語に翻訳し始めましたが、第一条からすぐケーディス大佐から文句がつけられました。松本案は天皇の地位について「人民ノ主権意思ヨリ承ケ」を「日本国民至高ノ総意」と表現していました。また、皇室典範については「国会ノ制定スル」を省きました。松本国務相は商法学者として高名で憲法とは無縁でしたが、憲法問題調査委員会の委員長であり、憲法学者らと議論を重ねていました。「主権」という無限定な権限を付与することは危険だということを知っていたのでしょう。このときはケーディスも松本国務相の操作には気付かなかったようです。後に気付かれて反撃を食らっていますが・・・第二条についてもケーディス大佐が文句をつけてきました。「国会ノ制定スル」を削っていたからです。

松本「第一条で国民の総意に基づくと書いてあるのだから、"之ヲ他ノ如何ナル源泉ヨリモ承ケス"などという文章をわざわざ入れる必要はないでしょう!」

ケーディス「あなたは、マッカーサー最高司令の意向を無視するつもりですかっ!」

松本「自明のことを削除して何が悪いんだね!」

 大喧嘩になりました。この後、松本国務相は怒って帰ってしまい、GHQの指示によりマッカーサー案を翻訳しなおし、ファイナルドラフトを作ることになってしまいました。


小畑薫良「白州さん、シンボルっていうのは何やねん?」
白洲次郎「そこにある井上の英和辞典引いてみたら?」
小畑薫良「やっぱり白州さん、シンボルは象徴やね」

第一条 天皇ハ日本国民至高ノ総意ニ基キ日本国ノ象徴及日本国民統合ノ標章タルベシ。


 佐藤達夫第一部長はさすが憲法問題調査委員会のメンバーだけあって粘りました。

 マッカーサー
十三条 一切ノ自然人ハ法律上平等ナリ政治的、経済的又ハ社会的関係ニ於テ人種、信条、性別、社会的身分、階級又ハ国籍起源ノ如何ニ依リ如何ナル差別的待遇モ許容又ハ黙認セラルルコト無カルヘシ

第十六条 外国人ハ平等ニ法律ノ保護ヲ受クル権利ヲ有ス

 3月2日松本案
十三条 凡テノ国民ハ法律ノ下ニ平等ニシテ、人種、信条、性別、社会上ノ身分又ハ門閥ニ依リ政治上、経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

第十四条 外国人ハ均シク法律ノ保護ヲ受クルノ権利ヲ有ス。

 松本案十三条は「国籍」を省いており、GHQと交渉の末、「国籍」を復活させ「凡テノ自然人ハ」を戻し、マッカーサー案十六条「外国人ハ・・・」(日本案十四条)を削除することに成功したのです。


 その結果の3月5日案
十三条 凡テノ自然人ハ其ノ日本国民タルト否トヲ問ハズ法律ノ下ニ平等ニシテ、人種、信条、性別、社会上ノ身分若ハ門閥又ハ国籍ニ依リ政治上、経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。


 こうしても佐藤達夫第一部長は「日本国民タルト否トヲ問ハズ」と「国籍」を削除したく、首相官邸に戻ってGHQに連絡をいれ、英語の達者な白洲次郎に交渉を託し、そして削除に成功したのです。

憲法改正草案要綱  佐藤達夫文書 46
第十三 凡ソ人ハ法ノ下ニ平等ニシテ人種、信条、性別、社会的地位、又ハ門地ニ依リ政治的、経済的又ハ社会的関係ニ於テ差別ヲ受クルコトナキコト

 現在、生活保護目当てで日本に入国する外国人があとをたたず、年金に加入していない外国人が生活保護で老後生活をしたり、外国利権で動く政治家がおり、日本国民の財産がむしりとられている状況を考えると、もしGHQ憲法に直接外国人保護規定が残っていたらと想像すると背筋が寒くなります。あっぱれ、佐藤達夫

 佐藤達夫は2日連続で徹夜し、3月6日の朝、高円寺の自宅へ向かいました。高円寺の坂を上る途中、奥さんが「あなたっ」と駆け寄ってきました。佐藤は「心配かけたな」と一言だけいいました。家では子供たちが「おかえりなさい!」と迎えました。佐藤はGHQで出された角砂糖2個、キャラメル3個、ゼリービーンズをポケットから出し、子供たちに渡しました。



参考文献
 講談社文庫「占領を背負った男 白洲次郎」北康利(著)
 岩波現代文庫日本国憲法の誕生」古関彰一(著)

参考サイト
 国立国会図書館
  3-15 GHQ草案 1946年2月13日 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/076shoshi.html
  3-20 日本国憲法「3月2日案」の起草と提出 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/086shoshi.html
  3-21 GHQとの交渉と「3月5日案」の作成 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/089shoshi.html
  3-22 「憲法改正草案要綱」 の発表 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/093shoshi.html

添付画像
 連合国軍最高司令官総司令部が入った第一生命館(1950年頃撮影 PD)

広島ブログ クリックで応援お願いします。