コールサインV600番台を追え

エノラ・ゲイコールサインは600番台。




 昭和20年(1945年)、陸軍特殊情報部ではアメリカ軍の暗号解読を急いでいましたが、それと同時に海軍と協力して通信諜報調査を行なっていました。それにより日本本土を爆撃するB29が発信する電波の冒頭に一定の符号があることがわかり、方向探知機で綿密に調べたところ次のことがわかりました。

 V400番台・・・サイパンのB29
 V500番台・・・グアムのB29
 V700番台・・・テニアンのB29

 例えばコールサイン「15V576」とグアムの第576戦隊の15番機であり、機数もわかったし、撃墜したら欠番になるので、各戦隊の損害もわかりました。発進するときは全機がV、V・・・と無線機の調整をするので何かあるというのがわかり、方向探知に成功すると、「何機○○の方向へ進行中」と大体の目標がわかりました。

 昭和20年(1945年)5月中旬、ホノルルを発ってサイパン方面に向かうB29がワシントン向けに長文の電波を発進しました。このB29はコールサインV600番台でテニアンにやってきました。この部隊は10機から12機までの小さな部隊でした。「正体不明機」は何か特別な訓練をやっており、日本本土に飛んで来ることはありませんでした。奇妙な行動にこの「正体不明機」は特殊任務を実行する部隊と推測されました。そう、原子爆弾投下の部隊だったのです。

 運命の8月6日、午前3時頃、V600番台のB29がワシントンに電波を発信しました。ちょうどこの時刻は原爆の点火装置の取り付けもおわり、エノラ・ゲイほか2機が「異常なし」と報告した時刻でした。そしてB29は硫黄島へ向け無線電話で「われら目標に進行中」と発信し、それっきり電波は途絶えました。

 午前7時20分頃、豊後水道でコールサインV675の電波をキャッチ。気象観測を目的とする機と思われましたが、後続部隊がいません。後続はどこにいる?特殊任務機が本土に侵入している!

 日本の早期警戒レーダーは原爆搭載機エノラ・ゲイを捉え、追跡していました。日本の迎撃戦闘機がエノラ・ゲイを追跡し、銃撃を加えましたが、エノラ・ゲイは高度を上げて振り切りました。後続は四国から広島の東へ侵入していったのです。

 8時6分、松永監視哨がエノラ・ゲイを発見。呉の海軍高角砲部隊は2万メートル上空までぶっぱなせる15.5センチ高角砲を配備していました。一式12.7センチ高角砲も1分に14発も発射可能になっており、1万6千メートル上空までぶっぱなせました。高角砲はピタリとエノラ・ゲイに照準を合わせました。

 高角砲部隊にいた水兵長・小田善三氏
「私たちの砲は、すでにそのB29を15度ないしは20度ぐらいの角度で捉えていました。一番撃ちやすいコースを飛んできていたのです。砲身はその動きに連れ、ゆっくりと動いてゆきます」
「およそ45度の角度で発射すれば、そのB29の進む前面に弾幕ができるわけです。高度も、8000メートルぐらいではなかったかと思います。十分撃ち落とせる範囲です」

「私たちはじっと上空を見ていました。『B29射程内ニ在リ・・・』と私は胸の裡でひそかに呟きました」

 しかし、高角砲は発射されませんでした。考えられる理由として一つはB29が2,3機の場合は偵察と観測され、攻撃してこないだろうと考えたこと。それからこの頃は本土決戦に備えて武器弾薬の温存がはかられていたことがあげられます。航空機など隠匿して、出撃は極力控えられました。都市が空襲を受けているのに出撃できないので、航空隊員たちは悔しくて仕方がなかったといいます。しかし、「特殊任務機接近」となれば話は別です。わかっていれば高高度で戦える陸軍の五式戦、海軍の紫電改が出撃し、高角砲は総力でB29に向けて砲火を切ったでしょう。広島に「特殊任務機接近」の情報が伝わってなかったのです。

 そして8時15分、原爆が炸裂。

 前出、小田善三氏
「撃てば多分、当たっていたと思いますよ。撃ち損じるようなものではなかった。少なくとも大きく進路変更を余儀なくされたのではないでしょうか。あの高角砲は最新式のものでした」「本当は(当時を)思い出すのが嫌なんです。もし撃っていれば、という思いがこみ上げてきますから・・・残念でたまらないのです」

 特殊任務機を追跡、報告した陸軍中央特殊情報部 長谷川少尉
「(上司をみて)自分の意見が聞いてもらえなかった、残念やったという顔がありありと目に見えました。こんなに日本が攻められてきているのに判断が鈍いと。自分ではわかっているのだけれど、参謀のほかの方々には通じなかった」

 なぜ、特殊任務機の情報が広島に伝わらなかったのかは謎ですが、陸軍中央特殊情報部は原爆機発見の表彰を受けました。コールサインV600番台のB29は必ず撃ち落とさなければなりません。そして、8月9日・・・

 8月11日、ようやくアメリカの暗号は解読され、そこに「ヌクレア(核の)」という文字が見つかりました。



参考文献
 文春文庫「大本営参謀の情報戦記」堀栄三(著)
 TBSブリタニカエノラ・ゲイ」ゴードン・トマス、マックス・モーガン=ウィッツ(著) / 松田銑(訳)
 立風書房「原爆搭載機『射程内に在り』」NHK広島放送局原爆取材班 久保安夫・中村雅人・岩堀政則(著)
参考映像
 NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」
添付画像
 原爆投下の作戦実行した兵士たち、中央がティベッツ機長(PD)

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