どうして日本人はこんなになってしまったんだ

かつての日本人はこんなんじゃなかった。


 昭和63年(1988年)マレーシア上院議員ラジャー・ノンチック氏
「ハジ・ハブさん(インタビューア)、この頃の日本の若い人たちはどうかしてしまったのでしょうね。自分たちの父や祖父たちが命をかけ、血と汗を流して、ともに興したアジアのことを少しも知ろうとしませんね。
 私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、脅威の感動と自信を与えてくれました」

 ノンチック氏は大東亜戦争のとき南方特別留学生として日本を訪れ、日本の教育を受け、敗戦後、マレーシアに召還されましたが、脱走し、マレー、インドネシア独立に尽力しました。

「先日、この国に来られた日本のある学校の教師は『日本軍はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べにきたのだ』と言っていました。私は驚きました。『日本軍はマレー人を殺していません』と私は答えてやりました。日本軍が殺したのは戦闘で戦った英軍や、その英軍に協力した中国系の抗日ゲリラだけでした。そして日本の将兵も血を流しました。
 どうしてこのように今の日本人は、自分たちの父や兄が残した正しい遺産を見ようとしないで、悪いことばかりしていたような先入観を持つようになってしまったのでしょう」

 日本人教師のなんとも情け無いことです。何を子供らに教えるつもりなのでしょう。
 
 この頃、一部改訂されたマレーシアの教科書に日本軍の残虐行為が取り上げられ、日本の朝日新聞「侵略の犠牲」「日本軍が行った華人虐殺」とセンセーショナルな見出しを出しました。これを読んだノンチック氏はゲラゲラと笑い出しました。
「マレーシアは多民族国家であってマレー人と華人の比率は45%対35%だ。華人は現在も経済界の実権を握っている。だからマレー人の反華人感情は根強い。戦争中には華人とマラヤ共産党を中心にした”マラヤ人民抗日軍”がゲリラ活動をしていた。日本軍は当時マレー人を優遇し、華人のゲリラに対しては国際法でも認められている軍事行動の掃討作戦を展開した。おそらくこの教科書は容共華人勢力の強いスミラン州で使われているのではないか。マレー人の勢力の強い州では、こんな教科書は使わないはずだ」

 容共華人組織と日本の朝日新聞反日、反マレーシア活動をしているということです。これが朝日新聞の本当の姿です。

 平成6年(1994年)に村山富一首相(当時)が東南アジアを歴訪したとき、マレーシアのマハティール首相(当時)に「日本が50年も前におきた戦争を謝り続けることは理解できない」という趣旨のことを言われました。謝罪などというバカげた話などうんざりなんですね。
 
 華僑ゲリラというのは武器を持って襲ってくるわけですから、掃討せねばなりません。彼らは正規軍でないので、捕まえても国際法上の捕虜に相当しません。危険であれば処断してもかまいません。もちろんそうした掃討の中で間違いや行き過ぎな面もあったでしょう。シンガポール攻略戦の25軍参謀だった杉田一次氏は華僑粛清は行き過ぎだ、と思っており、戦後、シンガポール首相のリー・クアンユーに「華僑の粛清は第25軍参謀として申し訳なかった」と述べたところ、リー首相は「過去のことだ。そんなことは考えないで、シンガポールのことで助言してもらいたい」と述べています。

 謝罪外交、バックミラーばかり見て運転しているようなものです。うんざりです。このようなバカの行進はもういい加減やめるべきでしょう。



参考文献
 「日本人よありがとう」土生良樹著
 「渡部昇一の昭和史(正)」渡部昇一
 「世界から見た大東亜戦争」名越二荒之助編

添付画像
 イギリス軍により交通路を遮断されたジョホール海峡(PD)

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日本に学んだシンガポール
http://www.youtube.com/watch?v=z1Eywcz9Vbs