1895年の下関条約締結当時、清国の全権・李鴻章(り こうしょう)は伊藤博文首相に「台湾には四害あり、統治は不可能だ」として、日本に台湾割譲を諦めさせようとしました。この「四害」とはすなわち、アヘン、土匪、生蕃(原住民)、そして瘴癘(しょう…
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。