強制連行というウソ


 長年、在日=強制連行で日本につれてこられた人(朝鮮人)たち、というウソがまかり通っており、今年の初めに原口総務相が「自分の意思に反して(日本に)連れてこられた人が地方で投票の権利を持つのは日本の国家として大事なことだ」と述べており、ウソも百回言えばホントになるとつくづく感じたものです。幸い自民党高市早苗議員によって論破され、国会では言うものはいなくなると思いますが、マスコミは報道しないので世間一般ではまだウソを信じている人が多いと思います。


昭和34年(1959年)朝日新聞7月31日付
 在日朝鮮人北朝鮮期間をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったために送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚げに関するいきさつ」について発表した。これによれば在日朝鮮人の総数は約61万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は245人にすぎないとされている」
 日本内地に住んでいた朝鮮人は、
 昭和14年 約100万人
 昭和20年 約200万人

 となっており、戦争中に100万人増加しています。このうち70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別労働者で、残りの30万人は鉱工業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労務者はごくわずかです。
 国民徴用令というのは国家総動員法に基づいて、昭和14年(1939年)に制定された日本の法令で、国民の義務です。朝鮮半島に適用したのは昭和19年9月からで、昭和20年8月の終戦までの11ヶ月間実施されました。日本本土への朝鮮人徴用労務者の派遣は昭和20年3月の下関−釜山間の連絡線の運航が止まるまでのわずか7ヵ月間です。

 終戦後、GHQ朝鮮人の帰国に過剰なほど支援しました。日本の官憲にたいして「全員帰国を達成せよ」と厳しく命じています。私の祖父の記録を見ましても終戦当時、釜山にいましたが、汽車は帰国者の朝鮮人でごった返しており、船で博多につくとテント村ができており、驚いたと書いています。朝鮮人の炭鉱などの労働者で博多で帰国船の順番を待っているのです。また、三原(広島県)の駅で下関行きの朝鮮人送還の臨時列車が到着しており、駅にいた日本人たちと喧嘩になりそうになったことが書かれています。こうして朝鮮人の多くは帰国しましたが、それでも頑固なまでに日本に居残り続けた人たちがおり、その人たちと子孫が現在の在日と言われる人たちです。彼らは自由意思で日本内地に残ったにもかかわらず、特別永住者として特権を持っています。彼らを在日外国人として扱うことを「差別」というのはおかしな話です。



参考文献
 「在日・強制連行の神話」鄭 大均著
 「歴史を捏造する韓国」中川八洋
参考サイト
 原口総務相、特別永住外国人への地方参政権付与に賛同
   http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100114/stt1001142351016-n1.htm
 在日朝鮮人、戦時徴用わずか245人
   http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/367230/
 WikiPedia「国民徴用令」

添付画像
 京城の提灯行列(国書刊行会「望郷 朝鮮」より PD)
 
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