礼儀正しく、親切だった江戸日本人

知らない人にでも挨拶し、親切だった。




 幕末に来日した宣教師、S・R・ブラウン(安政6年 1859年来日)は、江戸幕府からキリスト教を広めるのではないかとの疑惑をいつも意識させられていました。ある日、街路を歩いていると、家来を連れた幕府の警察上役人に出会います。するとその役人はいつも疑惑の目を向けていたブラウンの手を取り会釈して「役目の期間が終わったので江戸に行きます。また別れのあいさつをしに行きたいが、時間がないのでそれもできず、恐縮の至です」と言って別れました。その役人は他の宣教師にも同じような挨拶を繰り返したというのです。ブラウンはさっぱり合点が行きませんでした。敵視する相手にも江戸日本人は礼儀正しく接していたのです。

 米総領事通訳・ヒュースケン(安政3年 1856年来日)
「私が知りあった役人や貴族たちの中には、上下を問わず、一人としてわれわれに招かざる客であるという気持ちを感じさせるような人はいなかったのである。それどころか、もっとも寛大な友情と、もっとも懇篤(こんとく)な礼節をもって歓迎してくれたのだ」

幕府は本来、開国には否定的でしたが、だからといって無礼な振る舞いはしなかったのです。

 スイスの外交官、エメェ・アンベール(文久3年 1863年来日)は横浜の沿岸を散策し、日本人の礼儀正しさ、親切心を著書に記しています。
「沿岸地帯に住んでいる善良な人たちは、私に親愛をこめた挨拶を交わし、子供たちは、私に真珠の貝を持ってくるし、女たちは、籠の中にたくさん放り込んでいる奇妙な形をした小さな怪物をどのように料理すればよいかを、できるだけよく説明しようと一生懸命になっている。親切で愛想のよいことは、日本の下級階層全体の特性である」

「よく長崎や横浜の郊外を歩き回って、農村の人々に招かれ、その庭先に立ち寄って、庭に咲いている花を見せてもらったことがあった。そして、私がそこの花を気に入ったと見ると、彼らは、一番美しいところを切り取って束にし、私に勧めたのである。私がその代わりに金を出そうといくら努力しても、無駄であった。彼らは金を受け取らなかったばかりか、私を家族のいる部屋に連れ込んで、お茶や米で作った饅頭(餅)を御馳走しないかぎり、私を放免しようとはしなかった」

現代から見ると知らない人からそんなにもてなされるなど、親切すぎて困惑しそうなくらいです。

 フランス海軍士官・スエンソン(慶応3年 1867年来日)
「小さな村落に、ぽつんと立った農家が華やかな色に輝く畠のあちこちに散在していた。男も女も子供らも野良仕事に精を出し、近づいていくと陽気に「オヘイヨ」(おはよう)と挨拶をしてくる・・・老若をとわずわれわれに話かけてきて、いちばん見晴らしの良い散歩道を指示してくれたり、花咲く椿の茂みを抜けて半分崩れかかっている謎めいたお堂に案内してくれたりする」

誰にでも挨拶をして、話かけ、親切に案内してくれたのです。もっとも、外国人が最初に出現した頃は庶民は外国人に石を投げたりして、幕府が取り締まっています。そして一旦受け入れるとなると、庶民は平静に戻っていきました。

 イギリスの詩人エドウィン・アーノルド(明治22年 1889年来日)が日本人の礼節について次のように述べています。
「日本には、礼節によって生活をたのしいものにするという、普遍的な社会契約が存在する。誰もが多かれ少なかれ育ちがよいし、『やかましい』人、すなわち騒々しく無作法だったり、しきりに何か要求するような人物は、男でも女でも嫌われる。すぐかっとなる人、いつもせかせかしている人、ドアをばんと叩きつけたり、罵言(ばげん)を吐いたり、ふんぞり返って歩く人は、最も下層の車夫でさえ、母親の背中でからだをぐらぐらさせていた赤ん坊の頃から古風な礼儀を教わり身につけているこの国では、居場所を見つけることができないのである」

アーノルドの言葉は、なるほど、と日本人なら思うことでしょう。

 現代はどうでしょうか。元自衛隊の池田整治さんは単身赴任から戻ってきて、朝の通勤のとき、初日以来数日間、いつも一緒に乗るOL風の女性がいたので、あるとき駅のホームで「おはよう」と声をかけたところ、怪訝な顔をされて半歩遠ざかり、翌日から消えてしまったといいます。数日後、遥か遠くの車両に乗っているその女性を見つけました。幕末期に外国人に感動を与えた日本人の礼儀正しさ、親切心は「凶器」になってしまっていると池田さんは嘆いています。また、池田さんの話しでは小6の長女が学校で「知らない人には絶対挨拶してはダメ」と指導されたといいます。ああ残念、日本人の美徳は消えていくのでしょうか。しかし、最近では「ハイタッチ運動」というのがあり、まだまだ捨てたものではないでしょう。




参考文献
 平凡社「逝きし世の面影」渡辺京二(著)
 岩波文庫「ヒュースケン日本日記」青木枝朗(訳)
 講談社学術文庫「絵で見る幕末日本」エメェ・アンベール(著) / 茂森唯士(訳)
 講談社学術文庫「江戸幕末滞在記」エドゥアルド・スエンソン(著) / 長島要一(訳)
 岩波文庫「大君の都」オールコック(著) / 山口光朔(訳)
 ビジネス社「マインドコントロール」池田整治(著)
参考サイト
 「病みつきになる」ハイタッチ、若者中心に拡大 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120302-OYT1T00616.htm

添付画像
 アメリカの水兵を描いた浮世絵。1859年(PD)

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