新井白石とシドッティの交流

尋問を経ていくうちに交流は深まっていった。。




 イタリア人司祭ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティは日本でキリスト教布教の許可を得るため、宝永5年(1708年)8月に単身で屋久島へ上陸しました。当時、キリスト教は日本では禁教ですから、処刑されるかもしれません。命がけの日本への渡航でした。シドッティは長崎で尋問を受け、あとは処刑されるか、拷問を受けて棄教するかの身でしたが、将軍が徳川家宣に変わると家宣から絶大な信頼を得ていた旗本、政治家であり学者の新井白石(あらいはくせき)が権力を掌握し、シドッティに興味をもち、江戸に呼び寄せて宝永6年11月〜12月、4回にわたって尋問を行いました。

 シドッティはスコラ哲学、地理学、天文学、科学、人文学など多方面の学問をおさめるという優秀な頭脳の持ち主であり、諸尋問に明快に答えるシドッティに白石は感心し、称賛します。

「凡そ其人、博聞強記にして、彼方多学の人と聞えて、天文地理の事に至りては、企及ぶべしとも覚えず」

 特に白石は地理や外国事情には興味津々でシドッティとのやりとりを著した「西洋紀聞」の中巻はこの内容で埋め尽くされています。当時の日本人の世界観は仏教の天竺(インド)、儒教の震旦(支那)、神道の本朝(日本)の三国世界観でしたから、白石ほどの頭脳の持ち主なら狭すぎた世界観だったことでしょう。

 白石は世界地図(ヨハン・ブラウ作「新世界全図」)を持ち出してシドッティに尋問しています。

「ローマはいづこにや」

 なにしろ大きな地図で字も細かい上、西洋文字で記されているものです。通詞(通訳)も見つけるのに苦労していました。シドッティは「チルチヌスや候」と、コンパスを求めます。さすが白石は用意しており懐から取り出し使わせました。シドッティはコンパスを使ってローマの位置をさし「ここにや候、見給ふべし」と述べます。白石は知っている地名を次々と述べ、シドッティは差し損じることなく当てていきました。

白石「これら定まれる法ありと見えしかど、其事に精しからずしては、かくたやすかるべき事にもあらず。すべてこれらの事、学び得しや」(これらの方法は必ず一定の法があってすることと思われるが、そのことに精通していない者に、この方法をみな学ぶことができるだろうか)

シド「いとたやすかるべき事也」(とてもやさしいことでございます)

白石「我もとより数に拙し。かなふまじき事也」(自分は数理に疎いからだめだろう)

シド「これらの事ごとき、あながちに数の精しきを待つまでも候はず。いかにもたやすく学び得給ふべき事也」(これらのことは、あながち数理に精通するほどのことでもございません。わけなくご学習になれます)

 そして、白石がオーストラリアについて聞いたときのことです。

白石「ノーワヲヽランデヤ(オーストラリア)の地、こゝをさる事いかほどにや」

すると、シドッティは黙ってしまい、白石は再度尋ねます。するとシドッティは「我が法の大戒、人を殺すに過る事あらず。我いかでか人ををしへて、人の国をうかゞはせ候べき」(我が法の最も重要な戒律は人を殺してはならぬことです。どうして、よその国を狙わせるようなことを教えることができましょう)と意味深なことをいいます。さらに白石が聞くとようやくシドッティは答えました。

「此ほど此人を見まいらするに、此国におゐての事は存ぜず、我方におはしまさむには、大きにする事なくしておはすべき人にあらず。ヲヽランデヤノーワ(オーストラリア)、こゝをさる事遠からず。此人その地とり得給はむとおもひ給はゞ、いとたやすかるべし。さらば其路のよる所を詳かに申さむには、人の国うつ事を、をしへみちびくにこそあれ」

要するに白石ほどの人物は自分の国でいえば大きなことを成す大人物であり、オーストラリアの場所を教えたらいとも簡単に取ってしまうので、教えることができない、というのです。シドッティは白石を「五百年の間に一人ほど、世界の中に此の如き人の生れ出づるものなり」と評価していました。

白石「たとひ某そのこゝろざしありとも、我国に厳法ありて、私に一兵を動かす事はかなひがたし」(たとえ自分にその意思があっても、我が国は厳しい法律があるので、私は一兵も動かす事ができない)

白石は笑い、他の奉行も笑いました。ワッハッハ。

 3回目の尋問は奉行を連れず通詞(通訳)だけ連れて自由な会話を楽しみました。尋問は合計4回に及びましたが、白石は物足りず、シドッティが監禁されている切支丹屋敷に密かに度々足を運び質問を続けます。そして二人の交流は深いものとなっていきました。



参考文献
 新人物往来社「最後の伴天連シドッティ」古井智子(著)
 平凡社「西洋紀聞」新井白石(著) / 宮崎道生(校注)
添付画像
 ヨハン・ブラウ作「新世界全図」 
 「画像提供:東京国立博物館http://www.tnm.jp/

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