治安が良かった江戸日本

今でも世界に比べたら格段に治安がいい日本。

 幕末に日本にやってきた外国人は過激な攘夷派の行動は別として日本の治安の良さには驚いています。

 長崎で西洋医学を教えていたヨハネス・ポンペ 安政4年(1857年)来日
「自宅のドアに鍵をかけるなど、まったく念頭にも浮かばなかった」

 英国エルギン卿使節団、ローレンス・オリファント
「われわれの部屋には錠も鍵もなく、解放されていて、宿所の近辺に群がっている付き添いの人たちは誰でも侵入できる。またわれわれは誰でもほしくなるようなイギリスの珍奇な品をいつも並べておく。それでもいまだかつて、まったくとるにたらぬような品物でさえ、何かがなくなったとこぼしたためしがない」

 明治になっても治安は良いままでした。

 アメリカの動物学者、エドワード・S・モース(明治10年(1877年)来日)は広島の旅館で、この先の旅程を終えたらまたこの旅館に戻ってこようと思い、女中に時計と金を預けたところ、女中はお盆に乗せただけでした。モースは不安になって宿の主人に「ちゃんとどこかに保管しないのか」と聞くと、主人は「ここにおいても絶対安全であり、うちには金庫はない」と答えました。一週間後、旅館にもどってくると「時計はいうに及ばず、小銭の1セントとに至るまで、私がそれらを残して行った時と全く同様に、蓋のないお盆の上に載っていた」ので、驚いたわけです。

 ドイツ人宣教師 ムンツインガー 明治23年(1890年)来日
「私はすべての持ち物を、ささやかなお金も含めて、鍵も掛けずにおいていたが、一度たりとなくなったことはなかった」

 日本に泥棒がまったくいないわけではありません。被害にあった外国人もいます。長崎では特にひどかったようです。ただ、スイス領事リンダウ(文久3年(1863年)来日)が次のように言っています。

「断言できることは、日本ではシナと同様に、良い親切な土着の社会が、ヨーロッパ人の影響が支配しているところでは、どこでも消えてしまったということだ。出島のクーリーはどうにもしようのない悪い奴らだし、横浜の商人たちは日に日に手に負えなくなってきている」

西洋文明との接触でよいものが失われてしまったということでしょう。

 旅行家イザベラ・バード 明治11年(1878年)来日
「わたしの不安は、ひとり旅の女性にとってはまったく当たり前のものではあっても、実際はなんら正当な理由のあるものではなかった。その後わたしは本州奥地と蝦夷の1200マイル(約1920キロ)を危険な目に遭うこともなくまったく安全に旅をした。日本ほど女性がひとりで旅しても危険や無礼な行為とまったく無縁でいられる国はないと思う」

 バードは伊藤という通訳を連れて旅をしていましたが、北海道では馬に乗って全く一人で行動し、日本人だけの村に宿泊しています。またバードは秋田の土崎港の祭りを見物しています。

「警察の話では、港に二万二千人も他所から来ているという。しかも祭りに浮かれている三万二千人の人々に対し、二十五人の警官で充分であった。私はそこを午後三時に去ったが、そのときまでに一人も酒に酔っているものを見なかったし、またひとつも乱暴な態度や失礼な振る舞いを見なかった。私が群衆に乱暴に押されることは少しもなかった。どんなに人が混雑しているところでも、彼らは輪を作って、私が息をつける空間を残してくれた」

ここでも治安の良さに驚いているのです。ちなみに江戸の町でいえば、警察官にあたる与力、同心は250名〜290名です。これで100万都市の江戸の治安を維持していました。実際には与力・同心が「岡っ引き」を雇うので、単純に比較はできませんが、現在1000万都市の東京の警視庁の職員が47,000人ほど(2010年)ですから、100万人口あたり470人です。江戸の町は治安がよくチープガバメントであったと言えます。

 明治15年(1882年)に来日した画家のジョルジュ・ビゴーは広島を旅行したときに鞄を盗まれてしまいました。鞄の中には名前入りの小切手帳も入っていました。ところが数日後、玄関前にその鞄が置かれていたのです。しかも泥棒からの謝罪の手紙つきでした。それにはこう書いてありました。

「これらは私には必要のないものでした。大変後悔しております」

必要のないものであってもわざわざ返しに来るのはやけに律儀な泥棒です。このころの泥棒やスリはなんらかこだわりがあり、民族学者の宮本常一氏によると、スリは懐のものを気づかれないよう取るのが得意であって、不用心に放り出してあるものは取らないのだそうです。

 現在の日本は鍵をかけず開けっぴろげにしておけた江戸時代に比べると治安は悪くなっているように思いますが、諸外国に比べると格段に治安はいいと言われています。その秘密は「交番」の存在だとしてアメリカで試験的に取り入れたというのを聞いたことがありますが、おそらくそれだけではないでしょう。日本人が意識している道徳観や意識しない伝統的感覚なども含めた合わせ技によるものでしょう。



参考文献
 平凡社ライブラリー「逝きし世の面影」渡辺京二(著)
 講談社学術文庫イザベラ・バード日本紀行」イザベラ・バード(著)/ 時岡敬子(訳)
 平凡社ライブラリー「イザベラバードの『日本奥地紀行』を読む」宮本常一(著)
 日経プレミアシリーズ「江戸のお金の物語」鈴木浩三(著)
 講談社学術文庫「ビゴーが見た明治ニッポン」清水勲(著)

添付画像
 名所江戸百景 第112景 「愛宕下藪小路」(PD)

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