大江戸「もったいない(Mottainai)」文明の誕生

「もったいない(Mottainai)」は世界の合言葉。

 昨年、教科書展示会へ行き、いくつかの歴史教科書を見ましたが、どの教科書も江戸のリサイクル社会、エコ社会を取り上げていました。私の子供の頃はそのような記載はなかったように思いますが、時代なのでしょう。江戸時代は鎖国しており、日本国内だけで「衣食住に関する限り完璧にみえるひとつの生存システム」アメリカ総領事ハリス)が出来上がっていました。それは消費削減(リデュース)、再使用(リユース)、資源再利用(リサイクル)、修理(リペア)という4つのRの意味を持つ「もったいない(Mottainai)」の精神によって作られました。

 江戸が最初からリサイクル社会だったわけではありません。江戸の町は徳川家康が作った人工的な町で、そこにいきなり大勢の人が住んだものですから、ゴミや不用品の処理が社会問題となりました。ゴミは無造作に空き地や堀、川に捨てられ、下水が詰まったり、川底が浅くなったり、ゴミを捨てた空き地は悪臭が漂い、近くの住民は蚊やハエなどの虫に悩まされました。
 そこで幕府は慶安元年(1648年)にゴミの不法投棄を禁じる"お触れ"を出したのです。しかし、ゴミの不法投棄はいっこうにやみません。それで、幕府は再び"お触れ"を出しました。ゴミは「掃き溜め」の一か所に集めるようにします。表通りに面した表店(おもてだな)は家の裏手に、裏店(うらだな)の長屋には路地の突き当りに共同の掃き溜めが設けられました。これを住人が町内の大芥溜(おおごみため)に運びます。そこから芥捨請負人(ごみすてうけおいにん)が永代島に舟で運んで捨てたのです。後に深川越中島に運ぶようになり埋立地にして新田にしました。

 江戸の町が成熟していくと、ただでさえ物資は不足していましたから、「もったいない(Mottainai)」精神が発揮されてきます。リサイクル業が発達してきたのです。「職商人(しょくあきんど)」という独特の業者が捨てるようなものは修理して販売するようになりました。回収専門の業者、修理専門の職人が生まれました。
 紙屑一つ落ちていようものなら「もったいない(Mottainai)」というわけで、「紙屑拾い」という業者が拾って古紙問屋に売ります。問屋は仕分けして漉(す)き直す業者に卸されました。そして浅草紙と呼ばれる再生紙に生まれ変わり、鼻紙やトイレットペーパーとして使われました。今でもありますね、ちり紙交換。

 瀬戸物のコップが割れると現代ではゴミ箱行きですが、江戸時代にそんなことをすると「もったいない(Mottainai)」わけで、専門の焼き接(つ)ぎ職人がいて修理したのです。接着には当初漆(うるし)を使いましたが、18世紀末の寛政年間頃に白玉粉で接着して加熱する焼き接ぎ法が発明され、この方法で修理されるようになりました。リサイクル技術の進歩というわけです。

 金属類は当然釘一本まで回収されました。ボロ布だって、下駄の鼻緒やハタキ、撚(よ)って紐にできるものに分けてリサイクル。壊れた箒(ほうき)は、ほうき売りが新品を売る時に、古い箒の下取りをしました。使い古した箒は分解され、植木職人が使うシュロ縄やタワシに再利用されました。壊れた傘は「古傘買い」が買い取って、骨を直して新しい紙を張りリサイクルしました。錠前直し、雪駄下駄の歯入れ、提灯張替え、こたつの櫓(やぐら)直し・・・なんでもかんでも「もったいない(Mottainai)」です。究極は「物」の最終形である「灰」さえも回収され、カリ肥料や酒造り麹菌(こうじきん)の発酵作りから製紙、繊維、染色、陶器の釉薬(うわぐすり)、洗剤作りに再利用されたのです。

 武家専門のリサイクルショップに「献残屋」というのがあります。有力な武家には献上品が集まりますが、大量に贈られても使いようがなく、こうしたものを引き取る業者がいて、リサイクルショップで販売していたのです。

 古着屋は一大商売で、古着商の数は享保8年(1723年)の記録では1182件という膨大な数でした。和服は一反の布を同じ比率でムダなく直線裁ちしていますから、根本的に「もったいない(Mottainai)」精神で作られたもので、これをさらに着ないのであれば「もったいない(Mottainai)」ので古着屋に卸して販売するのです。

 糞尿も川に垂れ流すなんて「もったいない(Mottainai)」し川が汚れます。当然肥料です。生ゴミだって堆肥にします。大江戸「もったいない(Mottainai)」文明はゴミがでないクリーンな社会となりました。

 やがて幕末になると開国となり、西洋文明が入ってきました。「もったいない(Mottainai)」文明との衝突が起こったわけです。Mottainai文明を「完璧なシステム」と賞賛したアメリカ総領事ハリスは「ヨーロッパ文明とその異質な信条が破壊し、ともかくも初めのうちはそれに替わるものを提供しない場合、悲惨と革命の長い過程が間違いなく続くだろう」と予想し、日本の未来を憂いました。




参考文献
 平凡社ライブラリー「逝きし世の面影」渡辺京二(著)
 講談社文庫「大江戸リサイクル事情」石川英輔(著)
 河出書房新社「江戸の庶民の朝から晩まで」歴史の謎を探る会(編)
 双葉文庫「時代小説『江戸』事典」山本眞吾(著)

Mottainaiは世界の合言葉  http://mottainai.info/
Mottainai」は消費削減(リデュース)、再使用(リユース)、資源再利用(リサイクル)、修理(リペア)の四つの「R」。


添付画像
 江戸のゴミ捨て場「掃き溜め」 Autu:DryPot(CC)

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