ライタイハンとは何か

ベトナムライタイハンの問題。




 1990年代、ノンフィクション作家の野村進氏がベトナム職業訓練所の女子寮を訪ねると「アンニョン・ハシムニカ」と女学生が挨拶してきました。韓国人と間違えられたのです。女学生は学校で韓国語と英語を勉強していました。父親は韓国人ですが、オーストラリアにいて既に別の家庭を持っているとのこと。女学生はベトナム戦争時に生まれた韓越混血児でライタイハンと呼ばれています。"ライ"はベトナムで軽蔑の意味を含めた「混血雑種」、のことで"タイハン"は「大韓」のベトナム語読みです。1992年以降の韓越国交回復以降の混血児は「新ライタイハン」と呼ばれています。

 ライタイハンを支援し、職業訓練学校を創設した金永寛牧師(韓国人)はこういいます。
「この子たちの父親の90%は、韓国人のビジネスマンなんです。兵隊として来ていた人の子供は、そんなにいないんですよ」

 ベトナム戦争のときに韓国軍兵士によるベトナム人女性への強姦がひどかったので、ライタイハンの父の多くは韓国兵士と思われがちですが、多くはビジネスマンのようです。韓国兵士に強姦された女性の多くは虐殺されたと考えられます。ベトナム戦争当時は韓国軍も民間人もベトナムへ渡りましたが、ビジネスマンはベトナム人女性との間に子供をもうけ、そのまま母子を置き去りにして帰国してしまった例が圧倒的に多いといいます。

韓国人牧師「父親探しをしたのは、これまでに50人くらいですか。でも、実際に韓国で父親に会ってみたら、すでに家族もあるし子供もあるしで、会わないほうがよかったとなる場合もけっこうありまして・・・。父親のほうも、いまの家庭を壊したくないですからね。『なんでこんなことをするんだ』と怒る人もいますよ。父親を探し出したあと、何らかの援助を受けている子はほとんどいません。もっとも、おカネで解決する問題じゃないですけどね」

「この子たちは、戦争が終わってから二十年間も見捨てられてきた。韓国人の血が流れていることをひた隠しにして、みじめな生活をしてきたんですよ。いま韓国があれだけ豊かになったのは、ベトナム戦争がきっかけでしょう。この子たちを見ていると、私は胸が痛いんです」

 ライタイハンの数はきちんとした調査が行われていないため、正確な数字が把握されていません。野村進氏によると2000人。5000から7000という人もいれば、認知訴訟では1万人以上という数字が使われています。

 90年代半ばにベトナムを訪問した名越二荒之助氏は各界のベトナム人の韓国に対する見解、特にライタイハンに関するところは次の通りです。

「韓国兵はベトナム人を蔑み、人前で平気でビンタをとる。ベトナム人には美人が多いので、女は皆、慰安婦にさせられた。韓国との混血時は名乗り出ないので、はっきりとした数はわからないが、一万人以上いるはずだ」

「彼らはベトナム人を見下げ、傲慢ですぐ暴力を振るう。ベトナム女性を妻にして混血児を作っても、サッサと帰国して責任をとらない」

 ベトナムにとって同じ侵略軍でも、アメリカと比べて韓国のほうは悪評粉々だったといいます。

 ベトナムと韓国の国交が回復し、ライタイハンの問題が表面化しても韓国政府による積極的な援護策は取られていません。金永寛牧師のような民間の人たちが支援活動を行っています。ライタイハン自身が、韓国人である父親に対して実子であることの認知訴訟を起こし、判決により韓国国籍を取得する動きもあります。アメリカ軍兵士とベトナム人女性の混血児はアメラジアンと呼ばれていますが、こちらのほうは1987年からアメリカ政府が混血児とその家族の移住を受け入れ始めています。韓国の歴史教科書にはベトナム派兵についてはほとんど述べられていないといいます。ライタイハンの問題とベトナム大虐殺の歴史的事実は韓国の捏造被害者史観を揺るがす大きな問題に発展するかもしれません。



参考文献
 講談社文庫「コリアン世界の旅」野村進(著)
 株式会社国際企画「日韓2000年の真実」名越二荒之助(編著)

参考サイト
 東亜日報 韓国人・ベトナム女性との子ども「ライタイハン」ルーツ探し訴訟相次ぐ
  http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2002072796568

添付画像
 ベトナムの戦争歴史博物館(PD)

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