横浜

外国人が見た横浜の慶応の大火

開港間もない横浜で大火事があった。 幕末期の慶応二年十月二十日(1866年11月26日)、横浜で大火がありました。関内の日本人居留区の1/3、外国人居留区の1/4が焼失しました。豚肉料理屋鉄五郎から出火したため「豚屋火事」とも言われています…

スエンソンが見た横浜

フランス山、港が見える丘公園。 慶応2年7月1日(1866年8月10日)、フランス海軍士官のエドゥアルド・スエンソンは横浜に上陸しました。この頃の横浜は開港して7年が経っていました。スエンソン 「海から見ると横浜は完全にヨーロッパの町である…

横浜にきた外国人の最初の観察

外国人が横浜にやってきた。 安政五年六月十九日(1858年7月29日)、幕府は日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)を結び、同様の条約をイギリス・フランス・オランダ・ロシアとも結びました。安政五ヶ国条約といいます。この条約に基…

なぜ横浜が開港されたのか

条約は神奈川開港だった。 日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)は、安政五年六月十九日(1858年7月29日)に日本とアメリカ合衆国の間で結ばれた通商条約です。幕府は同様の条約をイギリス・フランス・オランダ・ロシアとも結びまし…

みなと横浜の誕生

街の灯りがとても綺麗ねヨコハマ。 嘉永6年(1853年)6月3日、浦賀沖にペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊がやってきました。ペリーは強い態度で開港を訴え、これを契機に日本は開国へ向かうことになりました。嘉永7年(1854年)3月3日、日…