満州王朝は独自の意思で歩んでいった。その先に日本がいた。 1931年(昭和6年)に上海の米国の副領事として支那にわたったラルフ・タウンゼントは支那の混乱ぶりを以下のように書いています。 「これは世界史上類例のないことである。血の海に膝までつ…
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